A. 投資額の大きさから四半期赤字となったものの、WAUの成長やアプリDL数、想定CPI、認知度、波及効果等の視点では良い投資と考えられる。
この記事はゆべしさんとの共同制作です。
2022年11月-12月に開催されたFIFAワールドカップでは、ABEMAが多額の投資によって放映権を獲得したことや、ワールドカップ放映期間中にABEMAのWAU(Weekly Active User:1週間あたりの利用者数)が過去最高を記録したこと等が話題となりました。
Q. ABEMAがワールドカップ放映権に約200億円を投じた理由とは?
ABEMAがワールドカップ放映権獲得に対して多額の投資を行った理由については、以下の記事で解説していますので、是非こちらもご覧ください。
本日は、ABEMAのワールドカップ放映権取得の投資が、運営元のサイバーエージェントにどのような効果をもたらしたのか、様々な視点から解説していきます。
サイバーエージェントは20年ぶりの四半期赤字
株式会社サイバーエージェント 2023年1Q決算説明会資料(2023年1月25日)
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まず、サイバーエージェントの決算内容を見てみると、2023年1Q(2022年10-12月)の連結四半期売上は1,675億円(前年同期比▲2.1%)、連結四半期営業利益は▲12億円(前年同期は198億円の黒字)で、20年ぶりの四半期赤字となりました。
これは冒頭で紹介した、ワールドカップ放映権を取得するための200億円もの大型投資が要因といえます。一方で、ゲーム事業や広告事業といった他事業が、この大型投資を補う爆発的な売上成長が見られなかった結果、▲12億円の営業赤字で着地したとも言えます。
この投資によって赤字となったことから、一見するとワールドカップ放映権取得による投資は失敗のように見えるかもしれませんが、営業赤字だけを見て判断するのは早計です。
次章から、投資の良し悪しを判断するために、先出の営業利益に加えて、6つの視点(WAU、売上、ワールドカップ関連費用、CPI、検索数、波及効果)でワールドカップ放映権投資の効果を検証していきます。
振り返り #1 WAU
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ABEMAのWAU(Weekly Active User:1週間あたりの利用者数)は、ワールドカップ放映期間中に過去最高の3,409万を突破しました。
ちなみに1これまでの過去最高のWAUは、ワールドカップ直前の四半期(2022年4Q)の1,896万人だったため、直近の記録を大きく塗り替えたことからは、素晴らしい効果だと言えます。
振り返り #2 売上はどこまで伸びたのか?
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次に、ABEMAが含まれる「メディア事業」の四半期売上を見てみます。2023年1Qの四半期売上は334億円、四半期売上成長率はYoY+34.0%、QoQ+10.6%です。
前述のように、WAUが大きく成長したことと比較すると、売上成長は比較的穏やかです。そのため、WAUは増加したものの、広告収益に繋がる視聴時間や有料会員への転換が微増に留まったと予想されます。
振り返り #3 放映権の費用はどれほどだったのか?
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次に、ABEMAが含まれるメディア事業の四半期営業利益は、ワールドカップ放映権取得の投資により2023年1Qで▲93億円と、前四半期の▲26億円から赤字幅が拡大しています。
ここで、以下の前提で、ワールドカップ放映権取得における投資額を試算してみます。
●試算の前提
・ABEMAのコスト構造は2022年4Qから2023年1Qにかけて変化していない。
・ABEMAの粗利率は、米国の類似サービスを運営するRokuの粗利率60%と同程度とする。
・ワールドカップ放映に関する放映権料以外のコストは、同時視聴を実現するためにかかったサーバー費や人件費等の約2億円とする。
まず、2022年4Qから2023年1Qにかけて売上は+32億円増加しているため、+32億円 × 粗利率60% ≒ +20億円分の粗利が増加していることになります。
次に、ワールドカップ放映に関する放映権料以外のコストとして、放映権料の他にサーバー費や人件費等のコストが約2億円発生している前提から、+20億円 - 2億円 = +18億円の営業利益のインパクトとなります。
2022年4Qから2023年1Qにかけて、営業利益は▲67億円下落していることから、放映権料は、67億円 + 18億円 = 85億円と試算されます。
この結果は、あくまでも複数の前提や仮定に基づく試算であり、実際の投資額は不明なのですが、当初200億円と予想されていた放映権料は、そこまで高額ではなかった、あるいは金額交渉に成功した等と考えられます。
補足:一般的に映像コンテンツや放映権の減価償却期間は通常2年と言われていますが、今回は放映期間が1年未満のため、今回の試算では、放映権が一括費用計上される前提で試算しております。
振り返り #4 ダウンロード数とCPIは?
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ABEMAのアプリダウンロード数は、ワールドカップ期間中に700万DL増加しています。
前述のワールドカップ放映権料の試算結果85億円から、CPI(Cost Per Install:1インストールあたりのコスト)は、85億円 ÷ 700万 = 1,214円と試算できます。
広告によるCPIは、一般的に300円~400円程度のため、その3~4倍程度のコストをかけていることになり、獲得の効率が悪いと言えるでしょう。
ただ、700万DL規模の効果を実現できる広告キャンペーンはほぼ存在しないことや、ダウンロード後に視聴というアクションに繋がるユーザー率が高い等の理由があれば、このCPIの水準は正当化できる範疇とも考えられます。
振り返り #5 Google Trendsでの検索数の伸びは何倍?
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ABEMAの認知度を測る上で、Google Trendsで検索ボリュームの変化を見てみます。ワールドカップ放映期間中、「abema」というキーワードは、通常の約6-7倍ほどGoogleで検索されています。
ABEMAは開局から6年以上、様々なプロモーションを行ってきましたが、今回のワールドカップ放映によるプロモーションのインパクトは比にならないことが分かります。
振り返り #6 波及効果はどれほどあったのか?
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最後の検証項目は「波及効果」です。ABEMAのワールドカップ以外のジャンルの視聴数を見てみると、ほぼすべてのジャンルで大きく伸びていることが分かります。
本来は、広告収益に繋がるため、視聴数ではなく視聴時間が気になるところですが、少なくともユーザーはザッピング(チャンネルを頻繁に切り替えて視聴すること)していることが伺えます。
今後は新規ユーザーの定着がカギ
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ここまで、ワールドカップ放映における効果を見てきました。ワールドカップ期間中はWAUが大きく伸長しましたが、放映終了後は大きく減少し、YoYで1.4倍程度に留まっています。
新たに獲得した700万の新規ユーザーのうち、どの程度のユーザーを継続して使い続けるアクティブユーザーにできるか、が今後の注目ポイントと言えるでしょう。
まとめ
ここまで、ABEMAのワールドカップ放映権取得の投資の効果について、営業利益に加え、6つの視点で見てきました。
投資額の大きさから赤字は予想できていたものの、WAUの大幅成長やアプリDL数と想定CPI、認知度、波及効果等の指標から考えると、ワールドカップ放映権獲得は良い投資と評価することができるでしょう。
しかし、2023年1Qの売上成長が限定的であったことや、ワールドカップ放映終了後のWAUの減少から、今後のカギは「ワールドカップ期間中に獲得したユーザーを、継続的に使用するアクティブユーザーに転換できるか?」であり、継続して魅力的なコンテンツ配信が必要になるでしょう。
今後のABEMAの動向について、引き続き注目していきたいと思います。